最近、昔の記憶がふと脳裏によぎる事もある

例えば、本屋で立ち読みしている時等特にそうだ。

3.11から日本は確実に変貌を遂げたなとつくづく感じる。

あの日を境に、食や環境の安全が破綻されてしまったように感じるのは私だけだろうか?

臭いものに蓋をしていて、その蓋が、いとも簡単に外れるとも考えもしない、リスクもとらないのが私たち民族の特性だろうか?

放射能汚染に関する様々な見解がネットやメディアで公表されている

どれが真実で、どれが嘘で、何がオーバーなのか?もしくは過少に表現されているのか?

どれだけの隠蔽があるのか?

25年前だったろうか?チェルノブイリ事故の翌年ぐらいにヨーロッパへ一月ほど旅行した。

おりしも、バルセロナオリンピックが始まる一年前だったように覚えがある

広瀬隆がそのときも今の状態を懸念して警告していたように感じる・・・

イタリアのパスタが危ないとか、ヨーロッパ全土が何かしらの汚染がありうるとかそういう見解だったように感じた。

そんなことも、まるで気にせず旅行し、各国で様々な食事をして、楽しんできたように感じる。

所詮外国だからと言う思いもあったかもしれない

長いときを経て、我が国がこのような事態に陥ると想像さえ出来なかっただろう

私が始めてこの旅で見たドイツは東西分かれていた。

観光中、添乗員は私たちにこう説明した

ドイツが統一するなんて、私たちが生きている間はないんだろうねと・・

しかし、翌年にはベルリンの壁は崩壊した

3.11の数日後に東京中の空が黄色く汚染されていた日があった。

風の強い日で、私は出かけたくなかったが、子供の担任に呼ばれ、提出書類を頂きに学校へ車を走らせた。

246を走っていると、余りの空の黄色さにぞっとするものを感じた。普通ではないなと・・

気味が悪いくらい、車も人も居ない。皆が警戒し、外出を控えていたようだった。

帰ってみると、若干、何か金属製の匂いが身体に感じる。

そして、感じたことの無いような疲労感。あれが放射能だったのかもしれない。

放射能は眼には見えないが、人体にとっては猛毒らしい。

それもじわじわ侵食すると言うから恐ろしい。

しかし、広島長崎においても、被爆して亡くなる人も居れば、生き残る人も居る。

生命力の強さと自己免疫力の違いが人の命を左右する。

持って生まれた体質はあったとせよ、その後の管理や摂生、心のあり様で、いかようにも免疫力は造れると信じたい。

放射能をネガティブに捉えれば、地球上にある原発の数を考えただけで、絶望するしか他はない。

しかし、せっかく生きながらえた命だと、感謝の気持ちを持てば、どんな困難にも立ち向かえるような気さえする。

アートを巡る旅