昔のことを昨日のように思い出す瞬間がある。

中野にあった クラッシック という音楽喫茶。

ぼろぼろの木造の外観で、勿論、内装もぼろぼろ。一風変わった老人が店主だった。

中央線沿線の独特な空気感を感じる店だった。

私は、当時学生で、生活の為と好奇心から、この喫茶でのアルバイトに募集した。

学生課で探したので、先輩が居て、多少の安心はあった。

緑魔子のようなマダムが出てきて、マスターの妹と言う。

凄くアングラな空気感の中、おっかなびっくりの日々だった。

真空管のオーディオで、重厚感のあるクラッシックを毎日聴かされて、古ぼけた喫茶でのアルバイトは、驚くことばかりだった。バックヤードでは、どう見ても不衛生に見える桶で、カップがつけられている。

ろくに洗いもしないカップに、ミルクピッチャーは、なぜか何かの蓋で間に合わせしていた。こんな不思議な空間なのに、なぜか常連さんは、しっかりついていた。

やはり、其処にしかない空気感を味わいに来ているとしか思えない。

スタバなどの台頭で、こういう古ぼけた特殊のある喫茶は、瞬く間になくなった。

確かに、オシャレで安価で、手軽で、良い場所にあり、スタバなどが人気があって当然と思っている

しかし、全て同じ画一的な空間は、地方でも都会でも、コンビニのごとく氾濫している。

便利かもしれない。衛生的かもしれない。

しかし、何の個性も味も歴史も感じない。

無味乾燥に感じる

コーヒーとは、味もさる事ながら、忙しい煩雑な毎日に、間を与える為の空間だろう。