名門令嬢のイーディ・セジウィックは、ポップ・アートの旗手アンディ・ウォーホルと出会う。

ウォーホルに見出されて、彼のファクトリーで中心的存在になってゆく。

美ぼうと存在感でメディアの注目を浴びてイーディは、時代のミューズとなる。

しかし、ボブ・ディランとの恋愛がアンディとの関係を失う事なり、両方から見捨てられ、次第に精神のバランスを失っていく事になる。

この映画に見られるように、ウォーホルの出身は労働者階級であり、野心家で商業主義でもあったと感じられる。

美しく魅力的で何不自由ないけれど、自分を持たない普通の女性が、エキセントリックでエゴイスティックな芸術家の中で上手く泳ぎきるのは並大抵なことではない。

イーディはインスピレーションを刺激する存在ではあるが、一方では利用尽くされ、ドラッグでぼろぼろに壊されていく。

ウォーホルは、後にイーディの事を尋ねられた時に、ファクトリーの中のただの一員で、自分とはそれほど親しい間柄でもなかったとまで言っていたと言う・・・

我を持たない人間が、自我とエゴの塊の人間に軽く扱われるのは、ままあること・・

ウォーホル自身、僕を知りたければ作品の表面だけを見てください。裏側には何もありません

芸術家の内面をなくし、表面的であろうとした。

彼の作品は永久に残り、賞賛され続けるが、彼の影にミューズとして存在した女性たちは、忘れ去られていくのみだった。

まさに作品の表面は美しいイーディと才能豊かなアンディでもある、裏側は空虚なアンディ自身の内面と空っぽなイーディーそのものである。

日々雑感