アートを巡る旅
高校生ぐらいのころだろうか?

寺山修二に関心を持ったのは・・・

姉の本棚から書を捨て町に出ようをこっそりかりて読んでみた。

大学生の時に、寺山修二の回顧展や、彼の映画が上演されていた。

彼のことを奇人変人で嘘つきという人もいた。

虚と実のなかを自由に行き来して、言葉の錬金術を編み出している。

そして、街の中に演劇を遺した。

彼の本には必ず母親ハツさんのことが出てくる。

母子二人の苦労したゆえの大変なマザコンであったという。

ハツさんのことでさえ、創作する上での利用するかのように、事実ではないことも書いていたようだ。

まさに詩人的な表現。

寺山修二の世界は、情念や観念の時代そのもののような気がする。

私が若い頃には、アングラ的な60年代から70年代の文化がまだ残っていたように感じる。

唐十郎の演劇や寺山修二等、演劇人たちの足跡がうっすら見えていたかのように思える。

そういうものへの憧憬が私にはあったように感じる。

今の時代は全て乾き、情念的なものが薄まったように感じる

だから、ウエットな演歌的なものも流行らない。

演歌は後ろ向きな歌詞が多い、もっと深刻に後ろ向きな今の時代には確かに重過ぎる

田園に死すも印象的だったが、最後に残した映画「さらば箱舟」は忘れ難い。

時間を止められた村で時間を巻き戻し、言葉の意味を忘れ去った人間が、意味を探そうとする。

寺山修司の世界は中毒になる。

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