鶴丸杉夫は、自分の中にいるもうひとりの人格に悩まされていた。意識のないときに現れる別の人格は、杉夫とは性格の全く違う松夫という男だった。暴力的で卑怯な松夫のおかげで、杉夫はピアノの調律士を辞めて暴力団に入ることになったり、失恋したりと酷い目に遭ってしまう。しかも、気の弱い杉夫は、そんな彼の二重人格という病気を知りながらも組においてくれている渡会のために、シノギをこなしていこうと努力する。ある日、杉夫の所属する丹義会が美人歌手・高いづみのショーを仕切ることになった。敵対する岩動組が妨害を仕掛けてくる中、いづみの身辺警護にあたった杉夫は、恋に落ちる。しかしいづみを抱くのはいつも松夫の人格の時だった。いづみは杉夫と松夫、どちらの自分を愛してくれているのだろうかと悩んだ杉夫は、いづみを愛することで松夫と人格をひとつにすることを試みる。ところが、ひとりの女を違う人格で奪い合うことになるかもしれないことを懸念した松夫のために、それも失敗に終わってしまった。いづみと別れた松夫は、夜の街で刺客に襲われる。弾丸を浴びて血まみれになった彼は、そこで初めて杉夫と対話するのだった。

かなり前の映画だったが、豊川悦司が二重人格の男を演じていて、なかなか興味深い映画だった。

映画を見て思い出したものがあった。ビリーミリガンだ。

児童虐待による解離性同一性障害、つまり多重人格になった男、24人の人格が現れたらしい。

解離性障害は本人にとって堪えられない状況を、離人症のようにそれは自分のことではないと感じたり、あるいは解離性健忘などのようにその時期の感情や記憶を切り離して、それを思い出せなくすることで心のダメージを回避しようとすることから引き起こされる障害であるが、解離性同一性障害は、その中でもっとも重く、切り離した感情や記憶が成長して、別の人格となって表に現れるものである。
この解離性障害に不可欠な精神機能障害は広く誤解されている。これはアイデンティティ、記憶、意識の統合に関するさまざまな見地の統合の失敗である。問題は複数の人格をもつということではなく、ひとつの人格すら持てないということなのだ。

子供時代に適切な養育や愛情を与えられないと、自分の人格を統合、確立することを出来ず、精神の安定を得るために別人格を自分の中に見出す事で逃避せざる得ない。悲しい事だなと思った。

映画に関してはトヨエツがぞっとするほど面白く多重人格の男を演じ、デビューして人気が出つつあった頃だった事もあり、思ったよりも演技派だと気づかされた

本人が自分の異なるもう一人の人格に気がつかない災難を見事に表していて、楽しませてくれる映画でもあった。

アートを巡る旅