かねがね見たいと思っていた展覧会には、つい初日に行ってしまいがちだ。

フランシス・ベーコンもそういう画家の一人だ。

デビット・リンチも感化された画家の一人でもあり、創造に携わる人間に影響力がある芸術家として世界で認知されている。

会場では、土方巽によるベーコンのオマージュー的な映像も放映されていた。

アートを巡る旅
上はロンドンにある彼の混沌としたアトリエ

アイルランドのダブリンに生まれたフランシス・ベーコン(1909‒1992)は、ロンドンを拠点にして世界的に活躍した画家であり、ベーコンは、ピカソと並んで、20世紀を代表する画家と評されている。生誕100年となる2008年から2009年には、テート・ブリテン(英国)、プラド美術館(スペイン)、メトロポリタン美術館(アメリカ)という世界でも主要な美術館を回顧展が巡回している。

名家に出生したが、良い環境で養育されず、同性愛に走った事から父親との確執を深め、若い時から家を出ている。それ故に学校で学ぶ事もできず、下積み時代が長かった。

アートを巡る旅 ベーコンはゴッホを信奉していたと聞く。

ファン・ゴッホの肖像の為の習作も展示されていた。

私も二人には似た匂いを感じる。多次元のエネルギーというか・・・会場を入った瞬間に背中からも視線を感じるかのように作品から気配を感じた。
下の作品の「人体による習作」では暗がりの中をカーテンの奥へ入ろうとする男が見える。

カーテンをくぐろうとする男は、まるでベーコンそのもののような気がする。

あの世とこの世の狭間で創作を続けていたのかのように・・・

実際の彼は、昼間は教養人と付き合い、夜になると美青年を探して徘徊するような暮らしをしていたと言う。まさに、この両極が彼の芸術そのものだと思う。

アートを巡る旅

アートを巡る旅

ベーコンはインスピレーションを得るために新聞や雑誌の切抜きをコラージューしていたらしい。

創作をする上で必要なものは直感であり、神の啓示の如く湧き上がるイメージを作品にしなければならないのが作家である。

ベーコンいわく、「偉大な芸術というのは、深く秩序化されていると思うね。その秩序の中にかなりな度合いで衝動的なものや偶発的なものがあったとしても、それらは、秩序化への欲求や、事実を、神経組織に、より暴力的なやり方で引き戻したいと言う願いから生まれているんだよ」

「抽象から出発しているように見えるかもしれないが、実際のところ関係がない。具象的なものを、神経組織に対して、より暴力的に、そしてより鋭く齎そうとしている試みなんだ」

ベーコンの生涯において影を残した受容してくれない父への歪んだ思いが同性愛へと向かわせたように感じる。

ベーコンの周りにいる男たち(恋人)も若くして自ら命を絶った。

作品から死の匂いを感じ、半霊半物質化した人間の存在を表現したかのように思える。

熊川哲也さんのナビゲーションも良かった。やはり、表現者を魅了する何かがあると思う。

私的には、ベーコンの絵を見ていて、80年代に活躍したクラウス・ノミの音楽を思い出した。

クラウス・ノミも同性愛者であり、HIVでなくなった芸術家の一人である。

道化師のような姿とした彼の甲高い声が耳に残る。

ベーコンと同じく、死の世界に続く扉のありかを知っていたかのように思う。

ベーコンは全ての創造に携わる人間を、未だに触発し続け、生きている。