アートを巡る旅
自分にとって、不愉快な出来事や人は自分を映し出す鏡という。

目の前の事象は、自分と言うものが存在して初めて現れる。

全ては自分だと言う。

それを聞くと、大概の人は納得がいかないらしい。正直に言えば、私でさえそう感じる。

しかし、よくその目の前の出来事を観察してみると、やはりそういわざる得ない事にも気づかされる。

例えば、非常に不愉快な人物がいたとする。

何故、そのような人物が目の前に現れたのか?

その人の悪いところや癖に、過去の自分、もしくは現在の自分の欠点や改善すべきところがデフォルメされたものに気がつかないだろうか?

知らず知らずに、自分自身の波動が落ちたときに、そういう悪い波動に出会い、同調現象が起きるらしい。

ラジオやテレビは周波数をチューニングして初めて、映像や音が受信できる。

悪い波動にチューニングした時点で、自分の波動そのもの、ずばり言えば、心のありよう、想念を疑うべきである。

その人の持つ雰囲気や波動、気配はその人自身の自己責任の部分が大きい。

人間である以上、対人関係やしがらみの中で生きている。

人間の悩みの大半が、人との関わりによって生じるのがほとんどであろう。

どうしょうもない人間に出会ったときに、全て相手の責任にしていないだろうか?

勿論避けざる得ない事もあるかも知れない。

しかし、舵を切るのは自分しだい。自分が変われば、周りも変わり、人生そのものも変わってくる。

全ては自分しだい、自己責任を持ち自立した人間は、初めて英知や運も授かる。

自分の想念に責任も持たず、受身な考えでは、目の前の事象は変わらない。

しかし、自分の意識改革が最も難しい。

それをサポートするのが、浄化であったり、悪い記憶のクリーニング、心の整理整頓が必要なのでしょう。

悪い記憶が今の自分の性格や行動を支配する事もあるから。

まずは浄化、クリーニングをする事で、新しい自分に生まれ変わり、新しい出来事や出会いを生めば、新しい思い通りの人生を手に入れる事になるかもしれない。

それには、明確な目標や理念も必要と言う事になるだろう。