毛皮のエロスと言う映画が未だに忘れられない。

写真家ダイアン・アーバスの作品も衝撃的で印象深い。

ダイアン・アーバスは1923年、NYの五番街に百貨店を持つユダヤ系富豪の家に生まれ、写真家アラン・アーバスと結婚後、夫のアシスタントとして写真を始めた。やがて写真史に残る特異な才能を開花させるが、夫との感性の違いからすれ違い、徐々に精神のバランスを崩し、自ら死を選ぶ。

映画の中では、異形の人々に魅せられる衝動を隠し切れないダイアンの精神の不安定さをニコール・キッドマンが美しく演じていた。

生家が高級百貨店、夫はファッションフォトグラファー、何不自由なく、美しいものに囲まれた彼女が真に求めていたのはフリークスだった。

愛とは理解と誤解とが理解しがたいほど奇妙に組み合わされたものです。
心のなかでどう感じているかに関係なく、常に勝者に見えるよう努めなさい。たとえ現実には負けていても、自制と自信に満ちたふるまいを維持することで精神的優位をもたらし、いつしか勝利へと導くのです。
不器用なわたしが仕事をしているわけです。そのため私は器用に物事を整理するのが好きではありません。何かを目の前にして、それを都合よく整えるかわりに、わたしは自分自身をそちらに合わせてしまいます。
子どものころお母さんに言われたものです、「ゴム長靴を履きなさい、風邪ひくから」。大人になったとき、あなたは気がつきます。ゴム長靴を履かないで風邪をひくかどうか確かめる権利があなたにはあることを。そういうことなのです。
この世界には私が撮らなければ誰も見たことがないものがあるのだと信じています。
私は常々、写真を撮るのはお行儀の悪いことだと思っていました。写真に関して気に入っている点のひとつはそれなのです。初めて撮影したとき、私は道を踏みはずしたような気分になったものです。
自分の思いどおりに写真が撮れたことはありません。いつでもそれ以上か、それ以下の写真ができあがります。
知っておくべき重要なことは、人は何も知っちゃいないということ。暗闇を手探りで進んでいるようなものなのです。
私が好きなのは今まで行ったこともない場所に行くことです。
ダイアン・アーバスのことばより引用
アンバランスなものに美を感じ、異型の人々に静物的な生を見出した表現者としての感性
被写体とは写真家の具現化した思念そのもの
つくづくそう感じさせる映画でした。

アートを巡る旅