少し遅れて春を探しに行った。

用事がてらに深大寺の桜を探してみた。

まだまだ人がまばらに訪れている

深大寺は、病気祈願の寺でもある

昔の人々も、疫病、様々な病に苦しみ、不安に苛まれ、深大寺を祈願に訪れたのだろう。

僧侶達の祈願祈祷のお経が、グレゴリオ聖歌のように、ハーモニーを奏でているのが聞こえる。

最近、眠れない時は、グレゴリオ聖歌を聴いている。

祈りが必ず、現世御利益的に効果があると断言は出来ない。

しかし、人間は、生死を分ける疫病との闘い、天変地異などの危機的状況の前では、どんな権力者であっても無力だ。

人類皆平等である。

そんな小さな存在である事を知らしめる為に、このような現象が定期的に起きるのか?

人は、自らの力のみで生きているように見えて、実は生かされている存在である事を感じる。

神仏の存在を感じる時に、人間は、生きることの本質に触れる

世界中に平和が訪れますように